2009年03月28日
岡林信康、フレデリック、ジョイ・ディヴィジョン

これからの30分間はこのFM81.4、FM西大和からオンエアーされます
「ラジオでロック レディオノーウェア」
でお楽しみ下さい。お相手させて頂きますのは私、
DJ・PON-CHANG!(ぽんちゃん)
で御座います。どうぞ宜しくお願いします。それでは早速、番組の方進めていきたく思います。
先ず冒頭はお馴染み、私・ぽんちゃんが、アト・ランダムにその時々の話題をピックアップしては、それに相応しい音楽をお届けするミュージックカレイドスコープのコーナーでございますが。
さて今日は『音・映像・情報のスペシャリスト集団として、新たな価値創造と、可能な限りのオリジナリティーを発揮し文化に貢献する』ことをポリシーとし、ユニークな音源を世間に向けて提供し続けている
ディスクユニオン
が、昨年の8月22日から、フォークの神様・
岡林信康
のデビュー40周年を記念して、今までCD化されていなかったURC時代の全音源を4回に分けて復刻している訳ですが、そのシリーズも今月20日に完結し、貴重な作品群が、今再び時を超え、嬉しいことにWebやCDShopで購入出来るようになったのですが、如何せん、それを声高にアピールするマスコミ報道も余り見当たらなければ、私自身、実に残念無念な気持ちで一杯ということで、今日はこのコーナーでは、そのことをご紹介しつつ、岡林さんの作品の中から何曲かピックアップして、リスナーの皆様方にお届けしたいと思います。
岡林信康さん。ご存じない若い世代の為に少しばかりその横顔をご紹介させて頂きますと、彼は1946年、滋賀県生まれの今年63歳になるフォークシンガーで、同志社大学神学科出身。というのも彼の父親は、メンソレータムで御馴染みの近江兄弟社の創業者でもあるウィリアム・メレル・ヴォーリズが創設したキリスト教会の牧師であった。しかし彼は学生時分に聴いていた「高石ともや」が歌うフォークソングに大いに影響を受けてギターを弾き始め、1968年には、東京都は台東区、荒川区に跨って在る日雇い労働者の寄せ場、所謂ドヤ街として知られている『山谷』をモチーフにして作った「山谷ブルース」を引っ提げてビクターからレコードデビューし、その後は放送禁止歌(だが実は1曲たりとも放送禁止措置は取られていない。全て放送局側の自主規制、自粛というのが真相だそうな)を連発する社会派フォークシンガーとして、また関西フォークシーンの旗手として注目を集めるも、70年からは、先頃、元メンバーが事件を起こした事により、少し許り不名誉なことながら、久方振りに一般の人々の口にその名前がのぼることにもなった「はっぴいえんど」をバックに従え、あのディランと同じくロック的な手法で楽曲を演奏。これ又、ディランと同じくファンの間で賛否両論を巻き起こす事になった。そして1971年に行われた第3回中津川フォークジャンボリーに出演した後に、第一線の音楽シーンから姿を消す。その後は京都府丹波地方で農業を営みながら、音楽生活を展開するも殆ど話題になることもなく、メジャーとの契約も切れてしまう。
しかし、1980年に、再びインディー界で狼煙を上げ、イギリスを訪れた際にあの「キング・クリムゾン」のロバート・フリップから「欧米の物真似でない独自の音楽をやれ」と言われたことにインスパイアされ、日本民謡のリズムをベースとした「エンヤトット」を確立、自らの苗字と引っかけた「御歌囃子(おかばやし)」と、そのサウンドを称して今日に至る迄、地道に活動を続けている。
今回、ディスクユニオンから発売された音源は、デビューから「はっぴいえんど」や「柳田ヒログループ」を従えて、ディランの如きロック的な音楽展開を見せるに至った頃までの、本当に初期の岡林氏の姿を記録した貴重な音源ばかりで、是非今日、岡林氏の歌声を聴いて興味を持った、特に若い世代の方々にはこの機会を逃さず、しっかりと岡林氏のCDをGETして、その世界にどっぷり浸かって頂きたく思いますね。
それではお待たせしました。下手な解説はこの辺で終わりにさせて頂きまして、それではじっくり岡林信康の曲を聴いて頂きたく思います。
今日、お届け致しますのは、1971年発表の「岡林信康自作自演コンサート・狂い咲き」から、一気に「山谷ブルース」「チューリップのアップリケ」、そして柳田ヒログループをバックに従えての「性と文化の革命」と「人間の条件」以上の4曲をお届けしたいと思います。
それではどうぞ!

続きましては、キーワードAtoZのコーナー。
このコーナーは、アルファベットを順に追いながら、たとえばその頭文字がAならAC/DCといった風に、新旧洋邦問わず、無作為にアーティストやバンドをピックアップしてご紹介させていただくコーナーで御座いますが。
さて今週は、その頭文字にFの付くアーティストということで、1980年代後半から1990年代前半にかけて、フライング・キッズやBJC等の実力派バンドを輩出しては、プロを目指すアマチュアバンドの登竜門的な番組として高い視聴率を誇っていた「イカすバンド天国」等をきっかけとして巻き起こった『バンドブーム』の最中、ブリティッシュビートを基調にしたサウンドで、若干地味目に活動を続けていた「フレデリック」を取り上げて、その楽曲をお届けしたいと思います。
私がフレデリックを知ったのは音楽評論家・平山雄一氏が司会進行を務めていたTVK(テレビ神奈川)の「ライブY」という音楽番組で御座いまして、様々なバンドのライブの模様を放映しては、司会進行の平山氏がその合間、合間を縫うような形で、その回出演しているアーティストにインタヴューを試みるといった趣向の番組でして、丁度、放映の時期はまさにバンドブーム、「イカ天」の頃と同じ位の時期だったとは思うのですが。もう記憶もかなり朧げというか、いい加減なモンになってしまっていますが。
そこに結構な回数で出演していたように記憶しているのが、今日ご紹介する「フレデリック」で御座いまして、始めは何か下手っぴいなバンドで、見た目にも「いなたい」印象があって、正直好みではなかったんですが、何回かその姿、その音を繰り返し見聴きしている内に癖になって、1990年にエピックソニーから発売された1stアルバムを購入してしまったという次第で御座いまして。
フレデリックは「ロンドンタイムス」というバンドを母体に、ヴォーカルの片岡健一氏を中心として1990年に結成され、この1stを含め3枚のアルバムを残し、93年には早々解散してしまったという短命バンドで御座いました。
解散後、ヴォーカルの片岡氏は、フレデリックの元メンバー達と2005年に「テムズビート」なるバンドを結成していますが、HPは2006年以降更新されておらず、現在、活動を継続しているのかどうか確かめる術もない状態です。
それでは今日は、兎に角、アルファベットのFが頭文字に来るバンドということで、フレデリックの1990年に発表された1stアルバムから「つかれた空」を聞いてみたいと思います。
それではどうぞ。フレデリックです。
ラジオでロック”「Radio Nowhere」
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さて最後は「ノック・オン・ザ・ヘヴンズドア」のコーナー。蘇る古のスーパースターのコーナーで御座いますが、今日は1976年6月4日、セックスピストルズのギグを観て猛烈な刺激を受け、ナチスドイツ時代の将校用慰安所の名称である『Joy Division(ジョイ・ディヴィジョン)』をグループ名としてバンド活動を始めるも、アメリカツアーを翌日に控えた1980年5月18日に、突如自宅で首吊り自殺を図り、他界してしまったヴォーカルのイアン・カーティスを偲んで、ジョイ・ディヴィジョンの「シャドウプレイ」を聞きながらお別れしたいと思います。それでは皆さん、また来週。お相手はDJ・PONーCHANG!でした。
バイバイ!
(3・29オンエアー分)